ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

『機動戦士ガンダムF91』について 7/7 監督のちから、原作者の思い

 『F91』はひとつの「映画」として見事に完結したと思っている。

 「大きな事態」ではコスモ・バビロニアの勝利に終わる。しかしシーブックとセシリーの物語は一息ついてしまった。これ以上なにを語ればいいというのか。
 「大きな事態」を描きたがる富野であれば、これから主人公たちの反攻がはじまるという構想を練っていたのかもしれないが、それはもはや物語ではなくストーリーだ。

 『F91』が物語を復活させることに成功したのは、「大きな事態」を遠景に、「避難する若者たち」を近景においたことだ。
 このパースペクティブ、奥行きが、作品に物語をもたらす。初代ガンダムを思い出して欲しい。「大きな事態」にガンダムは絡んでいないのだ。「大きな事態」を遠景に、「戦争に巻き込まれた若者たち」を近景においていた。

 『F91』の続編構想が頓挫したことは、俺にとって、僥倖であった。見事に完結した「映画」の続編を観せられるほど哀しいものはないからだ。

 『F91』から『機動戦士Vガンダム』までは、プロデューサーがうまく立ち回れていないのかな、という印象をもつ。
 TVシリーズかと思えば映画です、とか、スポンサーがディレクターを直接呼び出してパワハラまがいの恫喝をする、とか、企画が迷走、メチャクチャ、ブレまくりなのである。

 よくこれで「作品」がつくれたな、と賛嘆するのが『F91』である。迷走する企画を「映画」監督の豪腕でねじ伏せたのだ。『ETERNAL WIND』が二度流れるなど迷走の痕跡がちらほら散見できるのだが、それでもひとつの「映画」として見事に完結させたのは、監督の豪腕があってこそである。

 『V』は残念ながら「作品」になれなかった。迷走に巻き込まれてしまった。安易なセンセーショナリズムに陥ってしまった。『F91』からはじまったフィルムの新しい感触、各話スタッフの努力がみられるだけに、『V』の無惨さは際立っている。総監督・富野がコマーシャリズムの無茶ぶりに負けたということなのだろう。無茶ぶりにつきあって「作品」として成功させた『ドラゴンボール』や『犬夜叉』にはなれなかった。鳥山明や高橋留美子の才能を富野由悠季に期待しても仕方ないのだろう。

 富野はしかし“豪腕”をもつ「映画」監督だ。『V』も「映画」なら「作品」として完成させることができたのではないだろうか。

 富野は自分が“豪腕”をもつ「映画」監督である、という自覚に乏しいというのが、俺は以前から不思議に思っていた。

 富野自身が『F91』を「映画」として見事に完結させたのに、それに無自覚なのである。
 『F91』の続編構想にかなり拘泥したらしいのだ。

 かりに、原作者と監督が別人だったとしたら、原作者は『F91』に激怒したと思う。
 原作構想の途中までで、見事に「映画」として完結させてしまったからである。

 ここでわかるのは、富野由悠季は、「映画」監督の自分より、原作者としての自分に重心があるということだ。

 迷走する企画を豪腕でねじ伏せて一本の「映画」にしてしまった監督の名前を、富野は知らないのだ。
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コメント

私は「贅沢な失敗作」という評価です。

前略 shiwasu5様 貴方の記事を読み、すぐに指摘できる批判個所を紹介いたしました。今回貴方が指摘した「初見殺し」の点は、私も同意。なおYahooの仕様が変わり、トラックバックできるのはYahoo同士だけになったみたいです。草々

Re: 私は「贅沢な失敗作」という評価です。

 コメント、ありがとうございます。貴blogのコメント欄にも返信を書いておきました。

 「贅沢な失敗作」というのはこれはまた手厳しいですね(笑)。

 そのあたりは俺のみかたと違っていてたいへん面白い。
 俺などはすでに触れましたが、迷走した企画を「作品」にしてしまった富野の“豪腕”ぶりに痺れたところがあって、「失敗作」というみかたはしませんでした。
 迷走した企画の“ボロ”は見え隠れするんですが、それをして「失敗」とみるか、強引にねじ伏せているとみるか、の違いかもしれませんね。

 映画は串団子じゃないと深作欣二が言ったとされますが、アニメ制作の都合もあってか、アニメ映画の作家はどうしてもリニアに時間を進めてしまうきらいがあるんですね。
 だから逆に、富野がアニメで「映画」をやる、というときに、ひどく“窮屈”そうにみえたのが『F91』でした。
 そういう“窮屈”さは『逆襲のシャア』には感じられなかったので、『F91』にこそ俺は富野の「映画」志向がより現れたのかなと思っています。「時間」芸術としての「映画」ですね。

 富野由悠季のオリジナル新作「映画」というのは、俺は本当に観てみたいんですよね。俺のような『F91』の大ファンだとどうしても「映画」を観たくなる。
 「プロデューサー」と「脚本家」に(富野を黙らせる)作家性のある人材が見つかれば、結構ウケる作品ができるような気がするんですけどね。
 文明論は『Gのレコンギスタ』で終わっているわけだし、カプ厨御用達の作風の人でもあるわけだし、美少年・美青年を描かせたら天下一品の人でもあるわけだし、イケると思うんだけどなー。

「F91」はもっと面白くなったと思うので

前略 shiwasu5様 「逆襲のシャア」はいろいろ批判したけど「芸術作品」と考えれば納得を。対して「F91」は仕切り直しだし様々な新しさが集約された作品なので、次が観たかったのでした。リンク先は『タッチ』との対比であり。草々

Re: 「F91」はもっと面白くなったと思うので

 コメント、ありがとうございます。貴blogのコメント欄にも返信を書いておきました。

 >対して「F91」は仕切り直しだし様々な新しさが集約された作品なので、次が観たかったのでした。

 なるほど。そういう意見もあるのですね。

 俺の場合、現行の作品で満足しちゃって、“次”があっても別作品で、というのが本音です。
 それがあの『V』ですし、リハビリ作の『ブレンパワード』ですから、『F91』→『∀』の“連続性”が見えづらくなっていると残念に思っています。

 俺のなかでの富野フィルモグラフィーでは、新しいフィルムの感触という点で、『∀』こそ『F91』の嫡子だということになっています(笑)。

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