ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

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『ガンダム Gのレコンギスタ』第十話を観た

 各話スタッフに注目しその才能と技量を語れるほどアニメに詳しくない俺だ。
 しかし今回、アニメ『進撃の巨人』の監督・荒木哲郎がみずから志願しての参戦と聞き及び、自分なりの感想を書いてみようと思った。
 
 アニメ『進撃の巨人』は、乏しい作画リソースを効率よく分配し、よくできたアクションものとしての醍醐味を感じさせる工夫に満ちた作品だった。系譜論などできる俺ではないのだが、匂いとしては出崎統のそれを感じさせた。
 また『DEATH NOTE』の象徴主義や『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』のケレン味など、演出過剰なところもあり、富野由悠季という映画作家との接点もピンとこなかった。

 しかし今回の第十話を観て感じたのは、自身にないものを意識的に学ぼうとする野心だ。
 前半の会話パートは細かい芝居を要求されたのか正直観ているのがつらかった。しかしそのあたりが荒木がみずからに欲したものだったのかもしれないと思った。
 後半のアクションはさすがの荒木哲郎であり、迫力の格闘戦と、ラストのたくまぬユーモラスな場面など、その真価をみせつけていた。

 俺ごときが語れる感想は、この程度のことだ。
 富野との対比でいえば、さりげない芝居でフィルムを紡いでいく話術に劣り、アクションシーンは様々なタイプを手がけてきた経験と若さゆえか迫力と熱感において荒木に軍配が上がった気がする。

 すでに成功をおさめているヒットメーカー監督がさらに精進しようとする意欲的な姿勢には、尊敬の念にたえない。
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『ガンダム Gのレコンギスタ』を第九話まで観た(ネタバレなし)

 悩んだ。
 せっかく富野新作『ガンダム Gのレコンギスタ』をオンタイムで視聴体験できるのだから“お祭り”に参加するかどうかだ。
 しかし結局ひとさまからの影響を受けやすい自分のことをかえりみて、自身の感じただけの体験を大切にしたいと思い、他の方の富野語り、『G-レコ』語りは放送終了後までオアヅケにすることにした。
 俺にとり俺という枷がすべてではないが、せっかくの富野新作だ。俺という枷のなかでじっくり堪能したい。

 一話から三話までの印象はすでに書いたが、だいたいの感想はあれからさほど変わっていない。

 “いつもの富野”と違うな、と感じたのは、とにかく懇切丁寧だという点だ。
 富野はよけいな説明や描写を嫌う傾向があるように思う。それが映画リテラシを要求し?わかりづらさになることもあるのだが、今作ではそれがないのである。
 画で描写し、台詞で説明する。ここまで“親切”な富野、というのは今までみたことがない。
 富野ファンからすれば「今回はやけに親切だなー」という感想とともに「珍しくクドいよなー」という批判もありうる。
 ただ、富野がこどもを意識すればこうもなるのか、というくすぐったいような感慨もあって楽しい。

 ストーリーをみようとすると、芝居という枝葉に邪魔されて、発見できない(笑)だろう。
 このあたりは、富野の欠点でもあり魅力でもある。
 ストーリーなど気にせずに、場面場面の芝居を堪能すれば、おのずと作品世界の息遣いを感じることができるようになる。
 そうなれば、あとは芳醇な悦楽が待っている。

 冒険活劇にはなりそうにもない。やはりロボットバトルがメインだった。これは仕方がなかったのだろう。
 吉田健一を擁して“冒険譚”というキーワードがあればそれを期待したくもなる。
 少年は“走る”ことによって少女と乖離することになる。そこに冒険譚が生まれる。
 だから“走らないパズー”より“走るコナン”の方が「男の子してる」わけで、メカに乗ったら台無しだ。
 そのあたりは俺のないものねだりだったようだ。

 のんびりしたフィルムの弛緩した感じと、濃密な情報量の落差には、多少の戸惑いもある。
 富野の年齢を考えれば、フィルムの感触は無理もないのかもしれない。だとすれば、情報量の密度が不自然だ。
 このあたりのちぐはぐ感は、“観ていてつらい”ものがあるのも事実である。
 「おじいちゃん、ちょっと無理しすぎ」という感想がある。もっと肩のちからを抜いたものもみたかった。
 もっともこの熱量をもってすれば、今作が富野の遺作にはなりそうにもないらしい、と感じられ、それが僥倖でもあると歓喜しうるのが俺でもある。

 年齢という点でいえば、今作と俺はまったく交錯しない。
 これも楽しい体験だった。
 TVまんがをみるようなおチビが身近にいない環境で、未来を信じるほど若くもなく、老いを感じるほど達観もできない。

 リアルは地獄とは割り切れない。背負うものがある。
 未来という閃光とは信じらない。達観するには生臭すぎる。

 俺の「いま」と、『G-レコ』はまったく交錯しないのだ。
 それでいても楽しいのは、俺が富野ファンだからだし、作品に普遍性が宿っているからだろう。

 だからこそ、いまの俺には“観ていてつらい”ということどもも、ここに刻んでおかなければならない。
 未来の俺があるとしても、馬鹿は馬鹿なりに軌跡を刻むことをもって、未来という閃光になりうるかもしれないからだ。

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