ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

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『ガンダム Gのレコンギスタ』を第25話まで観た


 人類は民主主義より資本主義を選んだ、というのが中共の経済的発展の意味するところである。
 そんな資本主義の原理主義者である先進国が民主化がどうのと他国を批判するほど無惨なものはない。
 エネルギー問題も同様である。先進文明の恩恵にあずかりながら江戸時代がどうのというのは噴飯物以外のなにものでもない。
 罪を意識すること、自身の加害性、愚昧性を意識することができないのが、人類の宿痾なのかもしれない。

 『G-レコ』の世界は後終末のそれだ。異世界SFではよくある設定である。
 しかし特異なのは、現代世界が抱える諸問題を“一応は解決した”というコンセプトの世界であるという点である。
 そこにはSF的な驚異感のかわりに、現代社会の諸問題を解決した日常が描かれる。その日常が平穏なものでなければならないのはそのためである。
 とはいえ、そこは富野ワールドである。平穏で心安らぐ日常世界にもさまざまな問題があることが描かれる。
 「運行長官の息子」「クンタラ」など、あいかわらず社会がもっている不平等感や差別意識があることが一話から伺えるのだ。

 その“現代世界が抱える諸問題を一応は解決した世界”を改変(破壊)しようとする人々が、主人公ベルリの“敵”である。
 しかしかれら“敵”を、世界の欺瞞を改革しようとしている人々として描いているのが、今作の特徴のひとつといっていいだろう。“敵”が悪役にみえないのである。「理想のための悪行」という、それまでの富野ワールドにみられた悪役ではない。

 『G-レコ』は、現代社会の諸問題を一気に解決しようとした『逆シャア』や、実際に一気に解決させた後の世界を描いた『∀』とは違う。
 『逆シャア』ほど絶望もしておらず、『∀』ほどファンタジーを信じていないのである。

 あくまでも現代世界の諸問題の陰画が『G-レコ』なのだ。だからこそそこに現代世界と裏返った欺瞞が生まれる。
 敵役である登場人物たちはその「世界の欺瞞」に憤っているわけだ。

 レコン「ギ」スタとは、陰画と化した世界で、地球を、宇宙世紀を、“現実”を、取り戻すための聖戦であるのだ。

 そこに立ち塞がるのが主人公ベルリである。かれもまた「世界の欺瞞」に気づいている若者だ。
 しかし性急に“現実”を蘇らせることは、その悪夢をも蘇生させることを“知って”いる。
 世界の欺瞞から、どうしたら、悪夢なき本物の世界を回復させることができるのか。
 それは可能なのか。
 
 しかし人類に希望があるとしたら、ベルリのような若者のなすレコン「ギ」スタ以外にありえない。
 それが“Gのレコンギスタ”なのだと思う。
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