ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

富野由悠季への愛を告白するBlogです。熱狂的なファン時代は過ぎ、今はちょっと遠くから眺めている感じでしょうか。 『伝説巨神イデオン』で“ゴーチンby小松左京”されたクチです。

出崎統について(3/3)アニ出崎編

 一方で、アニメ界に影響を与えた出崎がいる。アニメ界にとっての出崎、「アニ出崎」と呼ぶ。
 純技術的な部分でも「凄い」影響を与えている男であり、そのあたりは俺もWikipediaで知った。

 俺が考えるアニ出崎は、もう少し映画というイデアに関わる部分で革命を起こしたらしい、と想像する。

 映画は基本的に演劇から派生したジャンルである、と考える。舞台があり、役者がおり、それを撮るのが映画だ、という立場である。
 映画の正統派、あるいは古典派は、この系統である、とする。
 映画には「演劇の尻尾」がついているのだ。この「尻尾つき」が正統派ということである。

 上手下手の心理的影響、天地(上下)の心理的影響を考えて、役者の立ち位置、カメラの位置などを考えろ、というのは、正統派であろう。
 大衆に支持される娯楽大作映画などは、基本「端正」な映像のメカニズムに忠実な作品が多いように思う。

 で、アニ出崎の革命とは、この舞台をとっぱらちまったことだ、というのが、俺なりの理解である。
 グリフィスかエイゼンシュタインががんばっている時代に、デニス・ホッパーがいきなりバイクで乗り込んできた。それがアニ出崎だ。

 たしか蓮實重彦だったと思うのだが、「ゴダールが映画を終わらせた」と言っていたはずだ。
 グリフィスかエイゼンシュタインを映画の始発点とした場合、ゴダールが終点になる。
 そのあとの映画は結局、始発点とゴダールの間のグラデーションのなかの色のひとつに甘んじるしかない。

 アニ出崎の革命とはそういうことだ。「出崎がアニメを終わらせた」
 高畑勲との縁のなかで映画について学習している富野が、いきなり出崎に出遭ったときの衝撃は、だから大変なものであったろうと思う。ひとつの極北を視たわけだ。

 富野が出崎的なものを使えこなせないにせよ、作家として必要としているのは、この「舞台の消失」だろうというのが、俺の理解だ。
 「現実に舞台なんかねーじゃねーか、とっぱらちまえ、んなもん」という出崎文脈ではなく、あくまでも舞台を前提とした正統派の映画監督として、「舞台のどんでん返し」に出崎的な力を使う、というのが、富野流なのではないか。舞台はあとにもさきにも残す。舞台チェンジをするときだけ、出崎的力を使う。それが富野文脈かなと。

 出崎に影響を受けた(俺が苦手な)監督たちは、この「舞台」をメタ的に作品内で扱うタイプの作家さんなんだろうなと想像する。
 なにせ生理的に受けつけないので想像するしかないのがもどかしいが、たぶんそういうことなんだろうと思う。

 いきなりデニス・ホッパー、いきなりサム・ペキンパー、いきなりアメリカンニューシネマだったアニ出崎のあと、すっぽり抜けおちた映画史のミッシングリングを埋めようと健気にがんばっている、それが出崎に影響を受けた(俺が苦手な)監督たちだ、と遠くから眺めている。映画史を溯行してヌーヴェルヴァーグあたりの“ヌケ”を埋めている健気な連中なのではないか。
 とくに『ウテナ』は面白そうだな、と思うのは、演劇の要素を取り入れている点だ。舞台をとっぱらちまう、という点で「演劇の尻尾」を断ち切ったのがアニ出崎であるのに、もう一度演劇的なものを取り入れる、というのは、かなり確信犯的で「すげーな」と直感するのだ。でも俺は生理的に無理なんだけどネ。

 このあたりが、俺のアニ出崎語りの限界である。

 富野語りの脈略でいえば、富野が「みた」出崎は、やっぱり「アニ出崎」の方だったんだな、というのが俺なりの結論だ。
 富野は役者(アニメーター)を信じないもの。ただし役者の一割か二割を担当する声優は信じているかも。このあたりは長浜忠夫の流儀ですかね。
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コメント

ああ、なるほど。
あなた、さては天才ですね。

「アニ出崎の革命とは、この舞台をとっぱらちまったことだ」


なるほど。
出崎は映像の原則の破壊者なんだ。
この解釈は俺の「出崎体験」あるいは「ウテナ体験」と一致する。


そういう意味ではウテナは「舞台を再び持ち込んだ」というよりは
「舞台を、舞台の外側とか裏側とか撮っちゃってもいいんだぜ!」
という感じの「破壊者」ですね。


ただ、くやしいので、そのうち
「富野が見ていたのは『アニ出崎』ではなかったかもしれない」
って記事を書く!

コメントありがとうございます。

「富野が見ていたのは『アニ出崎』ではなかったかもしれない」

 という記事、超楽しみにしています。

 まっつねさんのアニメ話はいつも面白いんですが、富野話はとくに俺的に超興奮します。

若い人の出崎観はゴダールや大島渚さんのような「ヌーベルバーグ」の文脈なんでしょうね
ゴダールが出崎さんなら、さしずめレオス・カラックスが幾原さんで、ベルトルッチが新房さんでしょうか

でも、僕らの世代だとそれこそ、デニス・ホッパーやジョン・シュレシンジャーや「傷だらけの天使」の深作欣二さんのような「ニューシネマ」の文脈で出崎さんを語りたいって欲求がありますね

出崎フォロワーを自称している板垣伸さんは「迷い猫オーバーラン!」で「傷天」のような「演出が監督」方式を採用していましたが
「ニューシネマ出崎」の経脈の一人として語るには荷が重いかなあ
個人的にはやはり庵野さんが「ニューシネマ出崎」の正当な系譜だと考えているのですが・・・・

Re: タイトルなし

cinema_syndromeさんのご意見、毎度勉強になります。

仰るとおり、やっぱり庵野さんかなーと俺も思います。
板垣伸さんには期待しています。

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Author:shiwasu5
どんな奴か?
自己紹介。最終学歴は専門学校卒。(東京デザイナー学院アニメーション科)
小学時代→遊び時間と授業時間の区別がつかず。
中学時代→校内暴力をのびのびとエンジョイ。
高校時代→管理教育で次々と仲間が退学していくなかなんとか卒業。
浪人時代→二年間、進学/就職浪人をする。
本屋でバイト→本屋潰れる、古本屋でバイト→古本屋潰れる。クラブ通いで某事件を起こし警察に捕まったのもこの頃。
専門学校時代→馬鹿みたいに楽しかったが、周囲の才能に圧倒される。同期に吉田健一や長濵博史がいて、三人でつるんで歩いたこともある。やつらと較べた俺が間違いだった。
虫プロ入社。最低限の固定給が約束されているいい会社でした。『うしろの正面だあれ』の生活描写についていけず退社。絵が下手なのを実感。
バイト時代→バイトしながら漫画家を目指す。気に入ったコンテが描けず挫折。
デザイン系の会社のバイトから正社員へ。
現在は鬱(双極性障害)のため地獄を彷徨う。彼女と別れる。誰か背中抱いていてくれ。

好みの傾向
・アニメ五選(TVシリーズは除く)
『白い牙』
『機動戦士ガンダムF91』
『AIR』
『もののけ姫』
『アリオン』
・漫画五選
『メトロポリス』
『がんばれ元気』
『デビルマン』
『GANTZ』
『天然コケッコー』
・小説五選
『砂の惑星』
『狼の紋章』
『逃れの街』
『ながい坂』
『剣』
・映画五選
『ブレイブハート』
『ダークシティ』
『夜の大捜査線』
『用心棒』
『イージー・ライダー』
・音楽はわかりません。
世代的にいえば
サザン、YMO、尾崎、マイケル・ジャクソン、U2あたりが直撃です。
クリス・レアとかビリー・ジョエルとかも好きでした。(英語歌詞わからんけど)
・政治傾向
公武合体、天皇機関説、大きな政府、死刑廃止論者。
・女性の好み
シャアにとってのララァみたいな。
・男性の好み
元気くんのお父さん。
・富野由悠季の好きなところ
一生懸命なところ。

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