ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

プロットの時代 アニメの気持ち

 物語の方向性にはいくつもあると思うが、プロット重視かドラマ性重視か、で、作品のタイプがだいぶ違ってくる。
 俺がここでいうプロットとは出来事のことだ。事件の顛末。一方、ドラマ性とは人間の心理や関係性の変化のことだ。

 1980年代にクサイとかダサイとかいってドラマ性を笑う風潮が出てきた。もちろん大衆レベルではドラマ性が軽視されるまでにはいたらなかった。クサさを笑いつつドラマ性が描かれ、あるいはクサさを回避する洗練化を通してドラマ性が描かれた。
 しかし一方で、たしかにドラマ性を軽視する流れもあり、その流れのなかで、たとえば本格ミステリが復権し、ライトノベルが台頭してきた。市場傾向という文脈でいえば、小説全般の凋落とともに、マニアが書きマニアが買う、という「手堅い」市場性が評価されたともいえるだろう。これは小説にかぎらず、バブル後の長期不景気のなかでの大方の方向性にもいえることだ。オタク産業がどうの動物化がどうのという前に、不景気のなかでの「手堅い」商売の問題として捉える視点も必要ではないかと思う。
 ミステリはプロット重視の典型ジャンルであるし、ライトノベルもじつは「設定とプロット」が生命線のジャンルである。またミステリやライトノベルのような「リッチな設定(アイディア)」「リッチなプロット」ではないにせよ、脱ドラマ志向かつ「設定の妙」と「出来事の妙」で楽しませる四コママンガの隆盛も同時代現象といえるだろう。これにビデオゲームも追加できるかもしれない。物語論という文脈でみた場合、ビデオゲームもまた「設定とプロット」が生命線のジャンルといえるからだ。
 80年代の時代の追い風を受けつつ90年代の不景気のなかで人気を確立した、物語を扱うサブカルチャーは、プロット重視というタイプの作品で占められることになった。

 もはやお気づきだろうが、じつはこのプロット重視タイプのジャンルの隆盛は、「萌え」の隆盛ときれいに同期している。
 この文脈でみれば、「萌え」キャラの特異性は、ドラマ性と関連しない人格性、とまとめることができるだろう。
 「ストーリーラインから外れた人物造形」は、原理原則的にいえば、ペケである。しかしミステリなどは昔からエキセントリックなキャラクターたちを創造してきた。ストーリーラインと結びついたキャラクターではすぐに犯人がバレてしまう。ミステリにおいては結びつかないのが大事なわけだ。
 ミステリのエキセントリックなキャラクターと、萌えキャラクターは、構造論のレベルでは、同じものである。プロット重視タイプの作品の隆盛は、だから「萌え」キャラの隆盛でもあったわけだ。
 もちろんこの時代にも、ドラマ性重視の作品は、たとえばケータイ小説などで書かれていたようだ。設定レベルやプロットレベルでは文字通り失笑されるような類の作品が多かったとしても、ドラマの感動を求める層は、たしかにいなくなったわけではなかったのだ。なにより恋愛ものはドラマ性重視以外になりようがない。

 原作未読、アニメ未見なんだが、『とらドラ!』の“受け方”は気になっていた。評判の内容からいえば、ドラマ性の復権に位置づけられるだろう。ケータイ小説の受け方と一緒じゃねーか、と揶揄する声もあったようだが、まさにそこが大切なところじゃないのか、と思った。
 だから去年2009年は、ポスト『とらドラ!』という方向にアンテナをセッティングしていたのだが、どうも引っかかるものがなかった。ただそのなかで興味深かったのは、ある四コママンガのアニメ化作品が、原作とは違ってドラマへの志向性を垣間見せていた点だ。スタッフはドラマ性重視の作品をつくりたいのかな、と感じさせるものがあった。しかし作品論的にはドラマのフックを用意しながらドラマをはじめないというビミョーなことになっていた。受容論的にはそれが魅力にもなっていた可能性があるが、俺が感じたのはドラマをやりたいのにやれないアニメスタッフの気分だ。

 『とある科学の電磁砲』は最終回までばっちり楽しませてもらったのだが、見事なまでにドラマ性重視タイプの作品に仕上がっていて驚いた。
 原作未読なので、どこまで原作の範囲なのかわからないが、 『とある魔術の禁書目録』を観るかぎり、電撃文庫の看板作品のひとつだけあって、原作はおそらく「リッチな設定」「リッチなプロット」で魅せるタイプの作品なのだろうと思われる。
 『電磁砲』はスピンアウト作品だからか、『禁書』に比べて「設定」や「大事件」への比重がないぶんだけ、キャラクター描写に尺が使われていて観やすいなー、と軽い気持ちで観ていたら、最終回まで観てビックリ。ドラマ仕込んでやがったw。すげー。
 「事件性」はともかく主人公の「ドラマ性」は『禁書』本編に繋いでいく構成だと思っていたのだが、『電磁砲』だけで完結させやがった。すげー。
 某四コマ原作アニメのようにドラマ性のフックだけあってドラマは描かないという「???」なことになっていた、プロット重視原作とドラマにテーマを重ねながら描きたいアニメスタッフとの不幸な関係が、『電磁砲』では見事に調和しているわけだ。ブラボー。

 監督・長井龍雪とシリーズ構成・水上清資の手腕が一番の功績だろう。それにスピンアウト作品ということ、原作者・鎌池和馬の協力と理解が得られたことも大きかったのではないだろうか。劇場版『999』などは原作者の協力と理解のもと、別ジャンル、といってもいい作品になり成功した。
 鎌池和馬もかなりアニメに理解があるという話だし、『禁書』の方もぜひ、アニメ版は別ジャンル、ぐらいの勢いで、「設定とプロット」を軽く薄くする方向で改変してくれると、二期にはドラマで魅せたいアニメスタッフの腕のふるいどころが出てくるように思う。『禁書』本編は「設定とプロット」がリッチすぎて、ドラマ性を差しはさむ余地があまりにもないような気がするのだ。アニメ用にカスタマイズしてくんないかなーと。贅沢か。……いや鎌池和馬とJ.C.STAFFならきっとやってくれる! 黒子がお姉さまを信じるくらいに信じますの! プロット主義はアニメじゃキツイんだよ! つかアニメスタッフはドラマやりたいんだよ! たぶん!
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