ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

小説版『機動戦士ガンダム』

 『機動戦士ガンダム』には、三つのバリエーションがある。ひとつはもちろんTV版、もうひとつは映画版、そして三つめが小説版だ。この三つの『ガンダム』が、原作者・富野由悠季が生み出した“原典”ということになる。
 「アムロの物語」など存在しなかったTV版、「アムロの物語」を捏造した映画版。しかし小説版には最初からその意図をもって「アムロの物語」が描かれている。これが小説版を読む価値のひとつだ。
 映画版において捏造された「アムロの物語」は、“だいたい”小説版でも描かれている。しかし映画版で捏造された「アムロの成長物語」の部分は、小説版二巻途中までで描かれきっている。二巻途中から最後までは、だから「アムロのその後」が見られる、という楽しみがえられるわけだ。
 とはいえ、アニメ版と小説版ではかなり違うところがある。そしてその違いは、小説版の方こそが富野ワールド色が強い、という点で、富野語りには見逃せない作品になっているといえるだろう。

 作家はさまざまなヒーローを描き出すものだが、自身の内面に近いところで造形された場合、似たようなキャラクターになる。
 一時期の司馬遼太郎の小説のヒーローは、飄々とした野生児タイプであり、そんな男が戦国時代末期の忍者だったり鉄砲屋だったり幕末の志士だったりした。役柄は違うが主演俳優は一緒みたいなものだ。
 『ガンダム』の主人公アムロも、小説版では、この時期の他の富野世界のヒーローに似た性格をしている。小説版アムロは、『イデオン』のコスモ、旧小説版『リーンの翼』の迫水と、ほぼ同じ性格をしている。繊細なところもあるが、冷静で勇敢な下士官タイプといったところだ。これに将校タイプの、ブライト、ベス、アマルガンが組み合わさる。(アニメで富野ヒーローが描かれたのがコスモだけ、という点でも、『イデオン』がいかに富野色の強い作品かわかる)

ここからネタバレ

 また小説版では、ララァの重要性が低いのも特徴だ。小説版でのララァはヒロインではない。
 「子供時代から引き離す非日常の異性」は、小説版では、ララァではなく、クスコ・アルというヒロインが担当することになる。

 クスコ・アルはララァと真逆の女性である。いわば裏ララァだ。
 アムロとは敵同士という立場で出会った。クスコ・アルはアムロの兵士としてのイッチョマエぶりと少年っぽい可愛らしさの落差を面白がり、アムロはミステリアスな年上の美女で下心的にも嬉しい予感を感じさせるクスコ・アルに興味をもつ。お互い惹かれ合ったわけだ。
 しかしクスコ・アルの優越的な態度が気に食わなくて、ぎりぎりのところでアムロは彼女の誘惑からすり抜ける。そんな彼女と出逢った後では、2歳年上でインテリで……と仰ぎ見ていたセイラさんが同世代の可愛らしい身近な女性に見えてくる、という流れである。女に誘惑されるのではなく、男ががんばって口説く、ということだ。

 クスコ・アルはシャアのような男が嫌いだ。シャアにかぎらず偉そうな男が嫌いだ。そして偉そうじゃない男なんていない。
 そんな彼女が戦場でアムロと感応する。ニュータイプ同士として。そこで悲劇がおこる。

 クスコ・アルはララァと真逆の女性である。ララァは娼婦で聖母だったが、彼女は違う。
 アムロは、男であること、オスであることの呪いを知る。それはほんとうの意味で男になるということだし大人になるということでもある。

 アムロは一人前の男になり、ニュータイプの力を使って戦争を終結させるにはどうすればいいか仲間とともに考えはじめる。つまり社会とともに歩きはじめるわけだ。

 小説版では、シャアは悪人ではない。
 TV版とも映画版ともシャアは悪人だった。卑劣な謀殺者であり暗殺者である。
 しかし小説版は違う。すでに復讐者ではない。ただの若い野心家として登場し、やがて青雲の志をもつにいたる。賛同者も出てくる。
 小説版のシャアは理想家なのだ。

 そのシャアとアムロが互いに合同できるかもしれないと感応したときに、また悲劇がおこる。

 作中人物の落しどころ、物語の落しどころがうまく見つからないとき、殺してしまうのが、このときの富野だった。旧『リーンの翼』も同じ手だし、それを壮大にやれば『イデオン』だ。このときの富野の欠点だったと思う。

 それでも小説『機動戦士ガンダム』は、生臭い人間たちのダメっぷりを描かんとする姿勢において、富野の資質がいちばん色濃く現れた作品ではないかと思っている。
 作者の息づかいが聴こてきそうな生々しさがあって、俺は好きなんだ。
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コメント

 ここでの一番大きな設定は「クスコ・アル」だと思いますが、この辺りのポジションについては、後のロザミアにも影響した感じがありますね。

Re: タイトルなし

 コメントありがとうございます。

 そうですね、主人公の原罪論でいえば、仰るとおりだと思います。

 ただしキャラクターの系譜論でいえば、クスコ・アルは後のレコア・ロンドやカテジナ・ルースに連なっている気がします。
 欲求不満の女たちの系譜というか。

 キャラクターの系譜論で、ロザミア的なあどけなさは、『G-レコ』に引き継ぎそうなヒロインが出てくる気配があります。

このような

 「性的動機」というのは、まさに富野作品の共通という感じですよね。

 ある意味では「唯性論」と言っても良いくらいの。

 これが他の監督には無い「生々しい」までのリアリズムにもつながってくるわけですが、だからこそ「肉体」と「精神」の関係が常に問題となる。

 初代『ガンダム』以前の作品である『ダイターン3』にしても、ある意味では「肉体の喪失」に伴う「精神の肥大化」がメガノイドに暗喩されているとも言えるわけで。

Re: このような

 コメントありがとうございます。

 >ある意味では「唯性論」と言っても良いくらいの。

 仰るとおりだと思います。メロドラマですよね。昼メロにロボットを足すと富野アニメになるw。
 とはいえバージニティ(とくに男主人公のw)も大事にしているので、昼メロは言い過ぎかもしれませんが。

 >初代『ガンダム』以前の作品である『ダイターン3』にしても、ある意味では「肉体の喪失」に伴う「精神の肥大化」がメガノイドに暗喩されているとも言えるわけで。

 これも同意です。そのあたり強化人間にも通じますしね。
 ニュータイプ論の危うさでもありますし、つねに悲劇の匂いをさせているのも同じことです。

 本来ニュータイプ同士の交感とは、富野世界においては、「ヒトの革新」ではなく、「性交渉の暗喩」として見立てる方がいいはずなんですよね。
 そういう作劇上の暗喩に無自覚にニュータイプ論をやるから気持ち悪いことになってしまっていくわけです。

欲求不満


 TV版では、むしろエマだという感じもしますね。
 
 ある意味『エヴァ』でのシンジとミサトの関係もこの影響があったかもですが。

Re: 欲求不満

 コメントありがとうございます。

 >TV版では、むしろエマだという感じもしますね。

 キャラの系譜論としてはエマ・シーンはセイラ・マスやルー・ルカの系譜だと思うんですよね。
 身の置き所のなさというか欲求不満というか、TV版ではそういった要素も確かにありました。
 劇場版では一時期にせよ幸せになれてよかったです。

 >ある意味『エヴァ』でのシンジとミサトの関係もこの影響があったかもですが。

 ああ、なるほど。そうかもしれません。

位置的には

 そうかもしれませんが、カミーユへの突っかかりぶりがとにかく普通じゃないんですよね。

 いわば「本能的に好き」なのは、彼女の方ではないのかとか思いたくなるくらいで。

Re: 位置的には

 コメントありがとうございます。

 >いわば「本能的に好き」なのは、彼女の方ではないのかとか思いたくなるくらいで。

 なるほど、言われてみれば、そういう視点もありえますね。
 TV版だと、カミーユの私室に入った際、彼女が「カミーユはどうしているのかな」という場面がありましたね。
 ブライトに「おねーさん役をやって欲しい」と乞われ断固拒否したりしてね。

 ファがいなければ、どうなっていたかわからない二人だったのかもしれません。

 だとすれば、最期の言葉がカミーユを決定づけたことは、TV版と『新訳Ζ』では意味が違ってきますね。
 TV版ではまさに愛ゆえの祈りだったのが、劇場版では激励のひとつになってしまっている。
 それではTHE-Oへの特攻の際に彼女の意思が登場したことに意味がない。あそこに登場するのは基本的「カミーユを愛した女性たち」ですからね。

 そういう意味で欲求不満というのはわかる気がします。

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