ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

『ガンダム Gのレコンギスタ』を第17話まで観た


 『G-レコ』は文句なく面白い。
 しかしそれをうまく言語化できないのがもどかしい。

 富野にしては富野色を抑制しつつ、話術の巧みさは富野そのものである。内容もテーマも現代的で、とても「ガンダム」なり「アニメ」なりに収まるものではない。
 しかし仮にひとさまに薦めるときに、この“面白さ”をどうやって伝えるのか、というと戸惑うしかないのだ。言語化できないとはそういうことである。

 たとえば『∀ガンダム』は「世界名作劇場」シリーズを観るつもりでみれば楽しめる作品だったし、そういう文脈があればこそひとにも薦めやすかった。
 そもそもいろいろと革新的だった初代『機動戦士ガンダム』とて、「SF」なり「戦記もの」なりといった楽しみ方があったのだ。

 しかし『G-レコ』は違う。「SF」的な驚異感(センス・オブ・ワンダー)は極力抑えられ、現代的感覚が優先されている。そこには「ガンダム」なり「アニメ」なりの“敷居”がないのと同じくらい「SF」のそれも排されているわけだ。むろん「戦記もの」のそれもない。
 より普遍的な「冒険譚」であろうとしているらしいが、それを理由にひとさまにお薦めできるか、というとまっったく自信がない。
 主人公たちは状況の渦中にあって最善を尽くしているだけだからである。では、巻き込まれ型のエンタメかと思いきや、日常的なのんびりした描写もある。
 いったいこれは何だ、なににこの“面白さ”を譬えればいいのか、まったく見当がつかない。

 主人公たちはわけのわからない状況にまきこまれる。それは視聴者も同じである。今作ではその都度“親切”な描写なり台詞なりで説明してくれるのだが、それでも「わからない」。
 しかしでは難解晦渋かといえばまったくそうではない。主人公ベルリの背中をみながら疾走すればそれだけで単純に面白い。

 「どんな話かよくわかない」という感想があるとすれば、じつはそれが“正解”なのかもしれない。しかしそれでいて面白い。かつてこんなエンタメがあっただろうか。

 革新的な初代ガンダムすら凌駕する“新しいなにか”を富野が獲得し披瀝しているとでもいうのだろうか。
 だとしたら俺ごときが言語化できないのも無理のないことなのだろう。
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