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押井守は苦手だ

 ゲーム系の人気Blog「はちま起稿」でおもしろい記事をみた。
 「Xbox360コレクターとして覚醒した人のゲーム棚  箱コレクターのゲーム棚、福袋の中身、おもちゃ行列 パンツポスト、押井守の髪型とか」
 の、真ん中あたり、押井守と富野由悠季の映画『アバター』への評価が対比的に紹介されているのだ。

 押井は「すいませんと言うしかない。あれにはすがすがしいくらいに完敗だった」と言い、富野は「あんなものは見るに耐えない」と言ったとされる。

 押井守のコメントは、映画の宣伝の文脈での「大人の発言」ととれなくもないけれども、この二人の差というのは、面白い。

 俺個人の偏りのなかでは、押井守は“苦手”な作家さんである。きっと素晴らしい映画監督なんだろうとは思うのだが、俺にはさっぱり理解できないのだ。
 押井守を理解できない、ということは、俺はたぶん映画のなかに映画を視てないのかもしれない、と自戒もするのだ。

 俺個人の偏り、というのはたぶん、文芸方面への傾斜であろうと思う。映画のなかであっても、「人間」を、「人間」たちが織りなす「ドラマ」を、求めてしまっているのだろうと思う。

 押井守の出世作といえば『うる星やつら』、とくにそれの劇場版第二弾『ビューティフル・ドリーマー』だと思うのだが、これが俺には評判になるほどの作品だとはどうしても思えなかったのである。
 話のキモであるところの、「文化祭の準備って楽しいね。永遠につづけばね」という“気分”がまったく理解できなかったのが大きいだろう。
 理解できないなら理解できないなりに、「理解できない他者としての押井」がどこかで出てくれば、まだ納得もいったのだが、これがこの作品では最悪の構造をしてしまっているのだ。

 「文化祭の準備って楽しいね。永遠につづけばね」というのが、モテない男の悲しい願望であれば、そういう設定であれば、まだよかったのだ。
 しかしご存じのとおり、「モテない男の悲しい願望」を、なぜかよりにもよって、狩猟中のモテ系女子であるヒロインに担わせしまっていた。当時観たときはもちろんこんなに分析的に欠点を理解していたわけではない。しかし直観的に「これはないよね」と思ったものだ。

 なかなか煮え切れない彼氏未満男友達以上のオトコをオトそうとがんばっている女子がいる。
 彼女にとって「文化祭当日」がどういう意味をもつか、一目瞭然ではないか。オトコの襟首を掴まえて、目ぼしい一年女子二年女子三年女子の間をまわるわけだ。これで手を出したら女の仁義にもとるぜ、女子グループでハブるかんね、という既成事実をつくってしまうわけだ。外堀をかためるというやつだ。

 一方でナンパ大好きのチャラ男クンであるところの主人公は、もちろん「新たな出会い」を期待して、「文化祭当日」が楽しみしょうがないはずである。

 「文化祭の準備って楽しいね。永遠につづけばね」というのは、あまりにも“特殊な感情”なのだ。普遍性のある感情ではない。
 それはそれでいい。そういう自分の“特殊な”世界観で勝負したい、というのなら、勝負すればいい。問題はそれが“特殊”だ、普遍性がない、ということを、自覚したうえでの処理を、押井守がまったくしていない点なのだ。
 自分の特殊さ、偏向を自覚しつつ、普遍性とのつながりのなかで、自己表現をしていく、という作家としてのしたたかさとしなやかさがまったく感じないのだ。
 だから俺は押井守が苦手だし、「理解できない他者」としても、あまり尊敬する気にはなれない。

 映画『スカイクロラ』のときも、戦闘機のドッグファイトが映画の興行成績に結びつくアクションシーンになれるかどうか、まったく理解していなかったように思う。
 映画の興行成績にむすびつく、メカを使ったアクションは、ガン、カー、がんばってもヘリぐらいである。戦闘機のドッグファイトなど、“特殊な”趣味なのだ。
 公開当時、その自分自身の“特殊さ”を自覚できないままヒットさせる気まんまんの押井をみて、さすがに同情した。周囲に押井をとめてくれる、普通の感覚をもった人間が払底してしまっているのかな、と。

 押井守は「人間」には興味ないんだろうな、たぶん自分自身もふくめて。だから“自分の特殊性”を自覚しないままなのだろう。
 『ビューティフル・ドリーマー』以来、テーマ性と映像性だけで評価され、ドラマ性はヒドい出来、といった作品をつくりつづけているのは、そうした理由があるのだと思う。

 富野由悠季はアニメーション業界に迷いんだ映画監督だが、彼の作品の面白さは、究極的には、「芝居」の面白さである。
 小説も映画も演劇から派生した芸術ジャンルである、という説に立てば、富野作品は、いわば王道路線である、といえるかもしれない。

 こういう俺なりの見立てのなかに、上記の二人の『アバター』評をおくと、『アバター』がどういう点で凄くてどういう点でダメダメなのか、観る前からわかるような気がしてくる(笑)。
 言葉をかえれば、北極と南極ほど資質のかけはなれた監督を両方とも包摂できるアニメ業界のゆるさは素敵だな、ということだ。
 富野レベル、押井レベルの監督には、コンスタントにアニメ映画をつくらせる環境があれば、もっと素敵なんだが。
 




 押井守版『うる星やつら』といえば、象徴的なキャラクターは、千葉繁の名演で人気を博した「メガネ」だろうと思われるのだが、そもそもこのキャラクターが俺は大の苦手だったことを思い出した。いやだって「ラムちゃん親衛隊」とかって……普通に気持ち悪いと思った。
 なお始末の悪いことに、それが気持ち悪いことだ、という作品内の評価がないのだ。「うわっ、キモっ」とひいてくれる作中人物がひとりでもいればバランスがとれたと思う。それが一切ないのだ。例によって。
 このあたりですでに、俺にとり押井守は「縁遠い人」だったんだろうなと考える。

 俺はリアルでいえば、「メガネ」的な人物は決して友達になってくれなかった、そんな人生だった。 
 俺と友達になってくれるのは、原作のほうの脇役白井コースケタイプだった。そして一緒にナンパツアーに行くわけだ。

 フリーライターの廣田恵介さんが御自分のブログ「550 miles to the Future」「体育嫌いは、男子に非ず」で、
 体育の授業が好きか嫌いかで、そのあとの男子の人生は決まる、と書いていて、「それが原因か!」と長年の疑問が氷解する思いがした。
 俺は学校の授業がぜんぶ体育だったら楽しいのに、というタイプだったのだ。友達になってくれた奴らも基本体を動かすのが大好きな連中だった。

 押井守的なもの、「メガネ」的なものが、俺に「縁遠い」のは、あるいはそのあたりにもあるのかもしれない。
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コメント

体育と押井

私は死ぬほど体育が苦手で、メガネの長セリフは面白くて、スカイ・クロラはディストピアSFとしてまあまあおもしろかった。
でも、富野は物凄く好きです。
つまり、とみのすごい

 どうもコメントありがとうございます。
 グダさんのBlogもしょっちゅう読ませていただいております。体調を崩されているご様子で一ファンとしては心配しておりました。

 運動云々ということでは、高橋良輔監督によれば、富野監督も苦手のようですね。でもそこは気にしてないみたいで面白い。
 富野監督が気にしていたのは「勉強ができない」「アタマが悪い」という点でw、そのあたりが俺的に非常に気に入っているところですw。

 富野監督が普遍性をつねに意識しているのはそのとおりだと思います。頭脳派も肉体派も両方の人間が楽しめますから。
 富野監督の生の言葉や思想よりも、出力された作品の方が普遍性が出てくる、というあたり、彼が「本物」の作家の証拠なんでしょうね。

同意

人間に興味が無いんでしょうね。本当に。人間を描けない創作者に存在価値は無いと思います。

彼の大好きな社会的政治的事象も哲学論理も、全て人間と言うプリズムを遠して観ている世界。そこに人間を置かない事は有り得ません。

おしなべて人形的記号的なキャラクターばかり。

スカイクロラについては題名だけで寒気を覚えたかな・・・ラノベ原作だからか中二病臭がヤバイ。本人が自慢げに誇る戦闘シーンには全くリアリティが無い。かっこよくも無い。

彼の作品のアクションシーン全般に言える事なんだけれど取り方や構図が恐ろしく陳腐です。ツタヤにあるアクション映画とレベルは同じ。

長い台詞も痛いです。とにかく痛い。作ってる本人のナルシズムだけが伝わります。

かっこよさ、シリアス、難解。それを最も勘違いしている人でしょうね。アクション・スパイ・刑事モノ・戦争モノばかり観てる無教養な人間なのでしょう。

宮崎駿がエンターテイナーで押井守が芸術家、という通説には違和感を覚えます。真逆でしょう。

長々と失礼しました。筆者の意見にはおおむね賛成です

Re: 同意

 コメント、ありがとうございます。
 仰るとおり、宮崎駿はやりたいことやって商業的にも成功している感じですね、
 押井守はやりたいことを封印して「職人」に徹したときはわりと好きですね。オンリーユーとか劇場版パト1とか。
 というか、押井はもともと本来「職人」だと思うんですよね。

> 宮崎駿がエンターテイナーで押井守が芸術家、という通説には違和感を覚えます。真逆でしょう。

 至言だと思います。

『シン・ゴジラ』を観て、貴方の押井映画への気持ちが分かりました

前略 久しぶりの大塩です。shiwasu5様の「うる星2」評も参考に、『シン・ゴジラ』の欠陥を指摘したつもり。お読み頂ければ幸いで。草々

Re: 『シン・ゴジラ』を観て、貴方の押井映画への気持ちが分かりました

 トラックバック、ありがとうございます。
 承認制にした覚えはないのですが、いつのまにか仕様が変わっていて、お返事遅れてすみません。

 大塩さまのBlog、いつも楽しみに読ませていただいております。「人類は辛抱強くなるべき」の記事はあれで終わりなのでしょうか。続きがおわりになるのであれば拝読したいです。

 『シン・ゴジラ』は観てないので迂闊なことは言えないですね(笑)。耳と目に問題を抱えてしまって、映画館での鑑賞が困難になってしまったので。耳と目が痛くなってしまうのです。こんなことでは劇場版『G-レコ』もたぶん鑑賞できそうにもありません。
 評判によれば「人間ドラマ」をばっさり切ったとのこと。庵野も樋口も人間を描くのが苦手なので英断かなと想像しています。はやくBDにならないかな。

くれぐれもご自愛のほどを

前略 大塩です。『シン・ゴジラ』と「うる星2」の比較論の返信は、耳と目の調子が良くなった後のブルーレイ視聴で有り難い思い。

「人類は辛抱強くなるべき」の記事についてはテレビや映画の感想も記録したいので先送りの現状で。また鑑賞記事とは脳の使う箇所が違うように思うし、意見を発表するには覚悟の要る話題なので、「次の時期」に慎重になっているのも理由であり。

 でも今月が終わるまでには続編を上げたいという思いは持ち。実は完結したと思った時にトラックバックして、「書き上げました」という報告とともに、shiwasu5様にご意見を伺いたいと思っていたのでした。草々

Re: くれぐれもご自愛のほどを

 コメント、ありがとうございます。

 温かいお言葉、感謝の至りです。

 “『シン・ゴジラ』と「うる星2」の比較論”は俺にはちと荷が重い気がしますが、BD視聴後可能な範囲で感想を書かせていただきたいと思っています。

 「人類は辛抱強くなるべき」の記事、ほんとうに楽しみにしています。催促する気はありませんので、今月までとは言わずとも、焦らずじっくりと大塩さまのペースでご意見をお聞かせてください。

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