ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

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ナイフを持った少年

 少年にはふたつの選択肢がある。「ナイフ」を持つかどうかだ。

 俺は「ナイフ」を持たない方を選んだ。自分の性格から、殺人に繋がる可能性を鑑みての判断だ。
 俺は「いい感じ」の鉄パイプと出逢ったことがある。振ってみると「いい感じ」なのだ。しかし俺はそれを拒否した。誘惑に打ち勝った。
 喧嘩の最中、ナイフを取り出した奴がいるのだが、全力で逃げたことを思い出す。喧嘩に勝って変な因縁をつくるよりかは、俺のような気弱な人間は、負けたり逃げたりした方がマシなのだ。
 渋谷をしめる不良と勘違いされ、駅口という駅口を封鎖され、タクシーで帰宅したこともある。それからしばらくは渋谷から遠ざかった。引きこもった。それくらい気弱なのだ。
 だがそれでも俺は「ナイフ」を持たないことを選んだ。

 旧小説『リーンの翼』を読んだとき、違和感があったのは、リーンの翼が靴から生えていることだ。これは当然ギリシャ神話のヘルメスの靴からヒントを得たものだろう。
 しかし途中まで読んでいたかぎりでは靴から生えているという印象はなかった。リーンの翼が迫水本人ではなく靴に宿るという展開に驚いた。なぜいまさら本人ではなく靴なのか不思議だった。
 もはや英雄といっていい迫水が、リーンの翼の靴を失って激しく動揺するエピソードが非常に印象に残った。「え。そんなにショックなの?」という違和感だ。
 迫水は剣術も空手もやるという男だ。そのうえですら、リーンの翼の靴が必要なのか、そこに驚いたわけだ。
 富野由悠季という人間は、実際はともかく、姿勢としては「ナイフを持った少年」だったのではないか、とそのとき思った。
 ロボットアニメであれば、もちろん「ナイフ」とはロボットのことだ。
 ヒーロー然としない少年アムロはガンダムに乗って初めてヒーローになる。だからアムロがガンダムに固執したのはわかる。しかしヒーロー然とした迫水ですらリーンの翼の靴に固執するのだから、富野ワールドではどうしても「ナイフ」が必要らしいと想像する。
 富野の裡には「ナイフを持った少年」が息づいている。
 富野が主としてロボットアニメの監督をして成功しているのはそのためかもしれない。
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コメント

カミーユの場合

たとえロボットに乗らなくとも十分に「ナイフ」を持ってる存在でしたよね。

一見より粗暴に見えるジュドーの場合あくまで「暴れん棒」であって「刃」といった感じはなかったですが。

Re: カミーユの場合

 コメント、ありがとうございます。

 仰るとおりだと思います。

 以前にも書きましたが、カミーユの場合、初期の「ナイフ」のような少年から一端思慮深い社会人に成長するんですね。そこからまたいくつもの悲劇を通して(別の意味で)「ナイフ」のような少年になってしまう。終盤にかけて「ナイフ」がキリキリと研ぎ澄まされていく凄みがスリリングでもあり憐れでもありました。もちろんテレビ版の話ですが。

 ジュドーには刃のような鋭さがないというのも同意です。

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