ガンダム30周年でなんか書こうと思ったらもう師走だよ

『機動戦士Vガンダム』について 3/5 加速する迷走

 『機動戦士Vガンダム』はまず序盤からおかしい。主人公ウッソ・エヴィンの凄さを表すためなのかもしれないが、かれは盗んだ敵機を何話にも渡って乗り回すのだ。もうその段階で間違っている。何のアニメだ。
 ウッソのトリッキーな戦いは手に汗握るもので大好きなのだが、それだけにロボの性能が不分明になってしまったきらいがある。乗り手の優秀さの方が目立ってしまうのだ。乗機がガンダムである必然性がないのである。これでは『装甲騎兵ボトムズ』の世界だ。

 子供向けの単純な勧善懲悪の“構図”になっていない点も問題だ。
 「設定」段階でどうであろうと、フィルムに現れるのは、子供を平気で巻き込む主人公勢力と、それに批判的な敵対勢力という“構図”である。
 この倒錯した“構図”は『V』の失敗の最たるもので、終盤にいたって敵の「悪」をえげつなく描かれざるをえなくなる。作劇の失敗を糊塗しようとして登場させられた最大の犠牲者はもちろん(ご都合主義的に担ぎ出された)カテジナ・ルースだ。

 カテジナはごく序盤には主人公勢力の内部の批判者だった。彼女の批判は作品にバランスをもたらすものだったはずなのだが「頭でっかちのお嬢さん」として否定されてしまう。主人公勢力の批判者でもあるがゆえに客観視させてくれるカイ・シデンの役割があっさり否定されてしまうのだ。

 カテジナは敵対勢力のひとり、とっさに子供たちをかばうクロノクル・アシャーの人柄に惹かれ、敵対勢力に身を投じることになる。そこで彼女が敵対勢力の強烈な「悪」を目撃する展開になって「主人公勢力の言い分も理解できた」というのなら、この作劇も無駄ではないのだが、そうではない。

 「設定」上はどうであれ、フィルムに現れたかぎりでは、カテジナはウッソのことを憎からず思っている風であり、シャクティの存在を意識している芝居もみせた。カテジナがクロノクルについていく決定打になったのはシャクティの存在である、そんな芝居である。
 その芝居が、「敵対勢力の絶対悪を目撃しての帰還」という作劇につながらないので、カテジナはウッソのもとに戻る理由を失うわけで、シャクティとの緊張感も失われることになる。
 こうしてカテジナは作劇の外に放り出されて、何のために登場したのかわからないキャラクターになってしまう。

 前半の作劇の不具合は、後半から、弥縫策のような手練手管で埋め合わされることになっていく。
 クロノクルはその人柄が急変して「悪」を平気でおこなう男になり、作劇の外で“宙ぶらりん”になっていたカテジナも性格が急変して敵役として「悪」の狂女になっていく。
 終盤に向けて敵対勢力の「悪」がえげつないぐらいにエスカレートし、視聴者にショックを与えるようになる。

 こうしたどぎつい展開に、富野色をどうみるか、意見の分かれるところだろう。

 『機動戦士ガンダムF91』前後で作風が変わったと考える俺は、ここに現れる富野色を否定的にみる。

 みえるのは作劇の失敗であり、それを糊塗しようとしてさらに失敗を重ねる醜態だ。ベテランの手練手管があるだけに余計に見苦しい。
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コメント

最後において

シャクティとの対比の軸を演じたのは、むしろカルルだったというのもポイントですね。

最初カルルを助けたのはカテジナであり、むしろシャクティはそうした彼女とウッソを眩しく見詰める方だった。

それが最後に逆転したというのがまさに最後。

そしてその時点でのカテジナにはもはや「眩しく見詰める」事も出来なくなっていると。

Re: 最後において

 コメント、ありがとうございます。

 カルルを軸にみるというのは「なるほど」という感じです。素晴らしい考察だと思いました。

 俺の場合、シャクティが、ウッソの前でカルルの世話をするカテジナをみて、カテジナさんはこども嫌いだったはず、と内心思う女心が印象に残っていますね。

 シャクティは「少女といえどもオンナである」という至極当然の生々しさがでていたよく出来たいいキャラクターでした。ご都合主義に翻弄されたところもありますが、彼女の生々しさが『V』という作品をぎりぎりのところで文芸に繋ぎとめていましたね。それが最終回でのカテジナの見捨てですよね。

あと

ポイントとしては「カルルの名」の場面ですよね。

思えばプレートからカルルの名を初めて呼んだのはカテジナだったわけで、それにも対応させている感じ。

あの場面は「自分が捨てた子との再会」をも意味したはずであり、そこで明らかに記憶の断片を取り戻したのも確か。

そしてそこにおいて「黙って立ち去ってくれ」「この子やウッソを傷つけないためにも」という、シャクティのメッセージを理解したというのも。

Re: あと

 コメント、ありがとうございます。

 なるほど、そういう解釈もできますね。
 「カルルの名」がポイントというのはそのとおりかもしれません。

 カテジナが「カルル」と自分で名乗れるようになった幼児に何かを感じたことは確かでしょうね。

カテジナを演じた

 渡辺久美子さんなんですが、どちらかといえば「少年」的な声なのが特徴ですよね。

 むしろ主役の少年役を演じても違和感が無いくらいに。

 カテジナの場合はかなり違和感があるんですが、続くクィンシィ役だと、むしろしっくりくる感じが。

Re: カテジナを演じた

 コメント、ありがとうございます。

 カテジナは序盤と、後半で「別キャラ」と考えた方がいいと思っているんですよね。
 序盤の「おねえさんしてる」カテジナは、渡辺久美子さんの落ち着いた声が非常に魅力的だったと思います。
 後半の「ラスボス化してる」カテジナは、仰るとおり違和感が残りますね。
 これはでも無理はないかな、と思っています。

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